ロシアのダーチャっていいなと思う。

5年前くらいに、ロシア人の知人家族が所有する別荘についての話を聞いたことがあったのだけど、「ロシア人ならみんな持ってるよ。」というようなことを言っていて、そういえば「罪と罰」の中にも夏になるとみんな別荘に行くのでペテルブルグの街は人影が疎らになるという様な記述があった気がするし、帰ってインターネットで調べてみたんだけども、そこで初めてダーチャというものを知った。

ひと家族に600平米(約180坪)の土地が与えられ、そこに小さな小屋を建てて畑を作る。

дача

土地の狭い日本ではたいへん羨ましい話であるが、日本でも田舎で個人的にやろうと思えば出来ない規模でもない。

しかし、日本で個人がこれと同じ様なことをやろうとすると、何かしらのイメージが纏わり付いてくることになる。

「田舎暮らし」「自給自足」「エコロジー」「自然農法」「地域活性化」「過疎化対策」「パーマカルチャー」「再生可能エネルギー」・・・

タグ付けするときりがない。

いや、なにも、そのひとつひとつが意味合い的に嫌なわけではないのだが、対外的なこぎれいさというか小洒落た響きというか、小賢しい「外向きのイメージ」が自分の中では拭えないということなのだけども。

土いじりは、もっと泥臭くてもいいんじゃないかと。

そして、「都市計画法」や「建築基準法」や「農地法」なども絡んできたり、戦中・戦後の相互監視・管理システムである「町内会」とか「消防団」とか「農業委員会」とか、そういうものも無視し難くなる。

まあしかし、その様な部分にはある程度目を瞑るだけの魅力も、この様な生活にはやはりあると思う。

上記に引用したWikiの説明にも少しあるが、ダーチャは有事の食料不足の対策という意味合いも強いらしく、実際、ソ連崩壊後の社会情勢の混乱の中で、市内のスーパーには物がほとんど無いという報道はわりとよく耳にしたが、ロシア人が飢え死にしたという話は聞かなかった。

ダーチャを知った後で東日本大震災が起きたので、そういう意味での魅力は尚更強くなった。

ドイツのクラインガルテン(市民農園)、あるいは、スイスなどでは有事には畑にして食料を生産するために一定の割合で公園などの緑地があるのだそうだが、安全保障を他国に任せ、食品の関税も撤廃(TPP)しようとしている(素人目にも食料自給率が低下するのは目に見える)今の日本の政治にはこの様なシステムを望むべくも無く、そういった意味でもダーチャはますます羨ましいし、日本で個人的に真似事をする価値もある様に感じる。

また、自分の居場所を確保し食料を確保するというこの様な生活は、文明発祥以来の人間の根源的な生産活動というか、生活、であると思うので、おのずと原点回帰というか、俗にまみれた自分自身の純粋化・・・デトックスとでもいうか、その様な作用があるのではないかと期待する。

なので、あくまでも、個人的に、である。

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