前記事からの続き。
というわけで、右腕氏の運転で最終目的地の知人ファミリーの別荘に向かった。アバウトな時間感覚の各氏がこの時ばかりは時計を気にしながら行動している様子だったのが多少気になってはいたのだけれど、現地に着くとその謎が解けた。
時間を外すと道が無くなる。

ピンボケ失礼。
鄙びた海沿いの田舎町の沖合にあるいくつかの無人島のひとつに別荘があるのだけれど、この辺りは潮の干満が激しいらしく干潮時にしか島に渡れない。
で、そんなところなので、電柱や水道管ももちろん接続されていない。
例の、シーツ2枚持参の件は、各自持ち帰って洗濯することという様な意味らしかった。
非常用の発電機が備え付けられていたり、食料品や飲料水は対岸から少し離れた村の中心部のスーパーで調達したりはするのだけれど、この知人の少し歳の離れたお兄さんなどは寒い季節以外はほとんどこの島で暮らしている感じだったりもしたので、生活するのには別段支障は無い様子だった。ちなみにこの人の本宅は、それは知人の生家でもあるのだが、かつて著名なアーティストを招いて滞在させたりもした様なお屋敷である。
このお兄さんは別荘の母屋とは別に彼の家族専用の離れの様な建物を建ててこの島に滞在していて、雨の日以外の日中は島の周囲の海に小舟を浮かべている様な人だったが、モーターが嫌いだからと帆走できるヨットに乗っていた。魚を持ち帰るシーンは滞在中一度も見かけなかった。たまには何かが獲れるのかもしれない。
後で調べたことなのだけれど、この別荘はナポレオンがブイブイいわせていた頃に生まれたあるアーティストによって建てられたものらしいので、およそ1世紀半ほど前のものと思われる。そしてこの島での暮らしはたぶん1世紀半ほど前の暮らしとほとんど変わらないものではないかと想像する。
ある日彼が部屋の外から「バスルームへ行こう!」というので対岸の村のスーパー銭湯にでも行くのかと思い「Oui!!」と言いながら部屋を出てみると、案の定、彼は海パンを履いて待っていた。

バスルーム。

バスルームでバシャバシャとはしゃぐ知人と影のかかった自分のコントラストが素敵な一枚。
当然、この後別荘に戻ってシャワーを浴びるなどという類のものではない。
この辺りには同様の使い方をされている島がいくつかある様で、日本でも聞いたことがある某ジャンルの某ブランドの社主が隣の島のオーナーで、だから彼とは子供の頃からの友人だという様なことも聞いたのだけれど、きっと隣の島にも似た様なバスルームがあるのだと思う。
ここでのエピソードは書き出すと本当に際限が無いので、無理やりまとめに入ることにする。
この旅行では様々な非日常の体験をしたのだけれど、実際に触れてみた印象深いディテールのそれぞれは、意外と想像する様な豪奢なものではなくて現在自分が理想とするミニマルな方向に意図されたものであることが多かった様に思う。これは例えば、自分が感じるエコカーは本当にエコか?という様な意味合いも含むのだけど、贅を尽くして作られたものを何百年も使い続けることと、大量生産されたものを断舎利断舎利言いながらゴミの大量生産をすることとの違いみたいな意味も含めて考えさせられる。
そしてそれとともに、自分がBライフに興味を持つ動機であるところの”文明や社会との適度な距離感”とでもいうものが具現化された形で、あるいは断片的な端々のシーンで提示されたという印象も深い。日本ではよくフランス人を指して個人主義的だという風潮を見かけるが、先のシャルリー・エブド事件への市民の反応や、そもそもテロという言葉が生まれた契機でもあるフランス革命、比較的遅くまで行われていたギロチンでの公開処刑など、個人に先んじて民衆であるという側面も強い印象が自分にはあるのだけれど、それも踏まえた上での個人主義というものが垣間見えた様な気がするのである。
この辺りのことは、当時バークが保守の立場から批判したフランス革命、ことにその主たる担い手の市民階級(ブルジョワジー)が現在その役割を引き継いでいるということになって可笑しいのだけれど、それはある意味で時を経て洗練されているものとも思われるので、なんとかこれを応用して町内会の行事などに臨みたいものである。
ちょっと話を広げすぎて自分でもなんだかよく分からなくなってきたので、次回からはジャガイモの話などを書きたいと思う。